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既読無視 そんな気にして いつ休む【大阪大学・社会心理学研究室シリーズ(1)】

今回から計6回連載します

 

今回から「大阪大学・社会心理学研究室シリーズ」と称し、計6回にわたって記事を提供いたします。執筆者は、上記研究室で心理学を専門に研究する教員および博士の大学院生です。今回は綿村英一郎准教授に執筆いただきました。

 

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「心理学を専門にしています」というと、よく「心が読めるんですか?」と聞かれます。学んだことがある方ならお分かりかと思いますが、臨床を目的としない心理学は、ひたすら実験や調査をするだけのきわめて地味な学問です。研究しても、特定の誰かの心が読めるようにはなりません。しかし、実験や調査で得られたデータは、ヒトの一般的性質について実に興味深い知見を与えてくれることがあります。前置きが長くなりましたが、そんな心理学の視点から、今回はLINEの既読無視を取り上げてお話しましょう。

 

透明性の錯覚

LINEの既読無視については、2016年2月15日の過去記事「LINE:既読スルーを考える」においてご指摘にもあったように、既読無視(既読スルー)によって生じる人間関係のもつれには、送信者側と受信者側の双方に問題があり、その一つが両者間の「感覚のズレ」です。では具体的に、どうズレているのでしょうか?

 

心理学の専門用語に「透明性の錯覚」と呼ばれる現象があります。タンスの中に隠しておいたヘソクリがいつの間にか消えていたという状況を想像してください。

 

ヘソクリが突然無くなったらどう感じますか?

 

大慌てのあなたは、「ばれてしまった。もうこうなったら大事に至る前に!」と、自分から釈明会見を開いてしまうかもしれません。しかし冷静に考えると、ヘソクリが消えたのは「お金が服に紛れていた」と勘違いされただけという可能性もありますし、自分で隠し場所を変えたことをうっかり失念している可能性もあります。ヘソクリが消えたからと言って即、「相手に気づかれた」と判断したり、まして「怒っている」と案じたりするのは早急です。

 

透明性の錯覚とは、こうした過度の見透かされ感のことをいいます。私は、既読無視したときにもこの透明性の錯覚が生じているのではないかと考え、次のような実験を行いました。

 

既読無視が起きたときの対人評価のズレ

その実験には、普段よくLINEを使う10~30代の男女に参加してもらいました※。全部で235人のデータを使って分析しています。参加者の約半数には、「自分のメッセージが親友のXさんに既読無視された」という架空のシナリオを読んでもらい、Xさんに対する評価を尋ねました。残り半数にはその逆、すなわち「Xさんのメッセージを自分が既読無視した」というシナリオを読んでもらい、Xさんが自分に対して抱くであろう評価を尋ねました。
非常に面白い結果が得られました。図1を見てください。

 

既読無視が起きたときの対人評価のズレ

 

「几帳面」や「親切」といったポジティブな評価は自分が無視されたとき(黒いバー)よりも無視したとき(白いバー)のほうが低い反面、「きまぐれである」や「性格が悪い」といったネガティブな評価は無視したときのほうが高くなっていました(なお、全項目で無視された/無視した条件間の有意差がありました)。

要するに、LINEユーザーは、自分を無視したXさんに対してはそれほど悪い評価をしないものの、自分が無視したときには「Xさんが自分のことを悪く思っているのではないか」と心配しているということになります。Xさんへの気づかいが勝るといえばそれまでですが、このいびつな心理構造は「既読無視をすると相手が自分を嫌ってしまう」という邪推から生じる、透明性の錯覚といえます。

 

既読無視が起きたときに推理する理由のズレ

では、無視した理由にはどのような感覚のズレがあるのでしょうか?たとえば、LINEをしている最中に急な来客があり、スマホを部屋に残して長時間そのままにしておいたときです。こういうことは日常的によくありますよね?相手に説明しない限り、相手は無視された理由を推理するしかありません。このとき、相手は「仕方がない理由だったのだろう」とポジティブに推理してくれるでしょうか?それとも「(あなたが)自分を避けたいのだろう」とネガティブに推理するでしょうか?またその逆、すなわち相手があなたのメッセージを既読無視した場合、あなたはその理由をどう推理するでしょうか?

図2の白いバーは、自分が既読無視をしてしまった場合、相手のXさんがその理由をどう推理する(と自分が考えてしまう)かを示します。

 

既読無視が起きたときに推理する理由のズレ

 

一方、黒いバーは、Xさんに既読無視された場合、自分がその理由をどう推理するかを示します。ほとんど同じように見えますが、「面倒だったから」と「煩わしかったから」の2つに注目してください。これら2つの理由に関しては、黒が白よりもやや高い値を示しており、統計的にも有意な差が見られました。この差が意味するのは、相手に既読無視されると「相手は自分のことを避けたいと思っている」というネガティブな方向で無視された理由を推理しがちであるということです。それに比べれば、自分が無視した場合は楽観的なことがわかります。

 

自分が思うほど相手は嫌な人ではない

これまでの議論を一言でまとめれば、結局、自分が思うほど相手は嫌な人ではないということです。既読無視をすれば当然、いい印象を抱かれなることはないでしょう。しかし、自分が心配するほど「気まぐれだ」とか「性格が悪い」などと評価されてはいないのです。また、仮にあなたが既読無視されたとしても、理由を勘ぐってはいけません。あなたがそうするように相手は軽い気持ちで無視したのであり、「面倒だったから」とか「煩わしかったから」と考えすぎる必要はないのです。

 

相手のココロを読まずにはいられない生き物―ヒト―

ここからは少し学問的な話になってしまいますが、しばしお付き合いください。そもそも、この透明性の錯覚という現象は、「相手のココロを読まずにはいられない」というヒト特有の性質に由来しています。何も言われなくても、耳の不自由な相手に対しては大きめの声で話しかけていませんか?誰かが足の小指を柱にぶつけてしまったのを見ると、思わず「いたたっ!」と顔をしかめたことがありませんか?心理学では、相手のココロを読むこうした心理的機能を「心の理論(Theory of Mind)」と呼んでいます。(なお、興味深いことに、ヒトに最も近縁のチンパンジーでさえ、心の理論はほとんど持っていません。相手のココロを読み、ときに深読みまでしてしまうのは、ヒト特有の心理的機能といえるでしょう。)

 

この機能のおかげで、ヒトは言葉が通じない外国人や赤ん坊に対してでさえ、考えや気持ちを推し量り、共有することができます。しかし、これが既読無視の場面になると一転、ネガティブな効果をもたらしてしまうわけです。
それならばいっそのこと、既読無視をしてもされても、日常会話における“間”と同じように考えてみてはいかがでしょう?心理学が解き明かしたヒトの一般的性質としていえば、私たちは既読無視を気にしすぎです。気にするあまり返信するから、“ボール”を返された相手も同じく気になり返信する。その結果として負のスパイラルが続き、スマホを常に片手に持っていなければいけないという事態に陥ってしまうのです。会話の“間”とわりきって、無視してみることも一つの手です。SNS疲れを起こす前に、もっと気楽に、休む時間を設けてはどうでしょうか?

 

もっと気楽に、休む時間を設けてみては?

 

※この記事で紹介した実験では、安心ネットづくり促進協議会様から多大なる支援を受けました。この場を借りてお礼を申し上げます。

 

引用文献

岩谷舟真・綿村英一郎,2017 「SNS利用における非対称な認知が促す関係継続」『日本グループ・ダイナミクス学会大会発表論文集』(※ページ数未定)

 

 

綿村英一郎

筆者プロフィール

大阪大学大学院人間科学研究科 准教授
東京大学文学部卒。2012年、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻(心理学)修了。博士(心理学)。大学院修了後、慶應義塾大学で2年間ポストドクトラル・フェローとして「刑事裁判の量刑判断」について研究。2014年4月~2017年3月まで東京大学大学院・社会心理学講座の助教を経て、2017年4月より現職。専門は、社会心理学、法心理学、認知心理学。

 

 

シリーズ担当:青木

 


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