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市野敬介の市野敬介的こころ(6)スポーツの秋。「野次と誹謗中傷の間」について考える

NPO法人企業教育研究会の市野敬介氏によるシリーズ第6弾は、大好きな野球観戦から感じたという”あること”への違和感についての記事です。今回はいつものユーモアにあふれる独特な落語調の文体を封印し、SNSが一般化した社会におけるメディアリテラシーの必要性を独自の視点から書いていただきました。


 

この日は、球団が2015年から「毎月ファン感謝デーの開催」と銘打って展開する「マリンフェスタ」でした。今回はニコニコ生放送(以下、ニコ生)で球団の関係者や元選手のトーク聞ける企画もありました。7月・8月に、YoutubeLiveで行われた配信が、今回はニコ生にも拡張するとのこと。私はテレビをつけながら、パソコンを開きました。

視聴者もコメントすることで活発に参加できるし、「ギフト(投げ銭)」で画面上にジェット風船を飛ばせる、ニコ生の機能を活かした遊び心が満載の企画。詫び寂び心が萬斎のTOKYO2020大会の開会式がお預けとなった今年。なかなか趣向を凝らした試みです。

 

2020年に始めて生観戦したのは、クリケットでした(10月初旬)

 

見える化されたのは「声援」か「野次」でもなかった

ニコ生では、試合の映像ではなく、球団の選手OBや、職員の方がゲストで登場し、現役時代の裏話や試合展開の予想などをしていました。

 

すでに引退した選手や、球団職員となった元・選手がゲストとしてトークを展開。「リリーフ投手陣がブルペンでどんな過ごし方をしていたのか」「ここ5年ぐらいで投手の球速が格段に上がっている事情」などの本格的な野球の話に加え、球団マスコットとのトークや、スタジアムグルメの紹介などもあり、直球と変化球がいい具合に織り交ざった中継は、彼らの現役時代の投球スタイルさながらでした。

 

試合は初回から相手の守備の綻びを突いて序盤からマリーンズが大量リードを奪う理想的な展開。6対0とリードした2回裏の途中、ホークスの監督は球審に投手交代を告げます。

 

「大量点リードに浮かれてはいけない」と、気を引き締めなおした私がテレビ中継の画面に目をやると、飲みかけていたノンアルコールビールが吹きこぼれました。

 

球場のオーロラビジョンに、ニコ生で流れているコメントがリアルタイムで連動して流れていたのです。そこには、ホークスの投手陣や采配を振るう監督を揶揄したり、煽るような言葉が矢継ぎ早に流れます。おそらく、NGワードが入ったコメントは弾きつつ、それ以外の要素は無選別で、コメントがそのまま映し出されていたように見受けられます。

 

かつて「野次はプロ野球の華」という言葉もあったぐらいで、熱い応援の気持ちから、ついつい大声を発する人がスタンドにいました。賛否両論あるものの、球場で観戦する一つの刺激物なのでしょう。でも、野次は発声した人の顔が見えるわけで(私は野次は否定派で、落ち着いて観戦するべきだという立場でしたが)。

 

一方、オーロラビジョンに紡ぎだされていたコメントの数々は、誰が発信したかわからない、しかし、明らかにホークスの選手や首脳陣に対する誹謗・中傷の言葉の数々でした。球団への糾弾でも、激励でもない。

 

これがニコ生の「ノリ」なのだということも理解しつつ、なぜこんな現象が起きたのか、少し冷静になった私は、あらためてニコ生のページを確認しました。そこには、下記のように記載されていました。(抜粋)

 

—————-

 9/27(日)福岡ソフトバンク戦において、ニコニコ生放送で 『オンラインマリンフェスタ』の放送が決定!

本日はニコ生の一部映像をZOZOマリンスタジアムの大型映像装置に表示をします。また、下記のタイミングでオーロラビジョンにコメントが流れます。

・スタメン紹介時

・1~3回の打者登場時

・相手投手交代時、マウンドMTG時

・イニング間のマリーンズ投手交代時

・7回裏マリーンズのラッキー7時

—————-

 

選手を後押しするコメントが数多く寄せられるタイミングで、球場と外をつなごうという趣旨で、オーロラビジョンビジョンにコメントを出す意図が読み取れます。ただし「相手投手交代時、マウンドMTG時」だけは違うんだ…。ここは特に、Twitterでのタイムラインで双方のファン(と言えるかどうかわからない人も含めて)が揶揄したり、罵声を浴びせる書き込みや、悪辣な言葉が激増する時間帯です。

 

大画面に映し出されたコメントの弾幕は、集団的自衛権の発動を許さない、暴力的で心無い剥き出しの言葉の嵐でした。ニコ生の運営者から「今、コメントがオーロラビジョンに映し出されています」という赤い文字のコメントが流れるものの、時すでに遅し。押せ押せムードに水を差された気分。

 

「心無い言葉がスタジアムの中で選手の目に触れるのはダメだ…。フェスタであっても、フェアにやろうぜ…。」普段はあまりTwitterに書き込まない私も、さすがに震える手を押さえながら投稿しました。

 

 

 

昨シーズンまでの「マリンフェスタ」は、試合前にサイン会や物販で選手とファンが直接会話したり、握手できたりする交流の場でした。今シーズンは、接触が難しい中、オンラインでも様々な人が参加できる企画が考えられたのだと思います。

 

しかし、試合展開のいたずらもあったのでしょう。罵詈雑言や誹謗・中傷の瞬間最大風速が、球場の大画面に表示されるタイミングと一致して、さらにはそれがテレビの中継で画面に映し出されるという、たった一つの悪手が出てきた。子供たちを連れて球場に足を運んだ人も増えたであろう、そんな日に…。

 

その後はオーロラビジョンにメッセージが連動する様子は、テレビ放送では確認できませんでした。おそらく、連動をやめたのかもしれません(現地にいた方は、教えてください)。実際に、翌朝の西日本スポーツでは、オーロラビジョンにメッセージが出ていたことが記事になっていました。こういうところから、快進撃にケチがつくのはもったいない。 

 

「王者は奢らず勝ち進む」ために

2004年のオフシーズンあたりから、画期的なファンサービスを展開するようになった千葉ロッテマリーンズの球団史を振り返ると、2005年には演出として大量の花吹雪を舞わせ、試合の進行を止めてしまったことから批判を受けたこともありました。

 

それでも、挑戦的な企画を打ち出し続けてファンとの距離を縮め、チーム一丸となってリーグ優勝、そして日本一を勝ち取った、あの2005年の雰囲気と、今年はどこか似ているところがあります。

 

あれから15年。感染症禍のため、多くのファンが詰めかけた球場で、大声での後押しを送ることはかないません。リモート観戦やテレビとネットの同時活用もできる、新しい観戦様式をみんなで模索している最中です。試行錯誤しながらオンラインで一緒に戦う仕掛けを考える中、多少の失敗はあるかもしれないけれど、選手を盛り上げることには賛成です。

 

メディアの特性と連動させる出し入れのタイミングの匙加減と、さらにはその場の雰囲気に合わせた判断ができればよかったのでしょう。ただ、そもそもそれ以前に「プロスポーツ選手なんだから、どんな言葉を浴びせてもいい」というものでもないわけで(もっというと、この点は、プロスポーツ選手に限らない)。

 

感心を高め、参加する糸口を広げる目的で、今後もネットとの連動は様々な試みが行われることでしょう。ただ、書き込みをする気軽さと、当事者がそれを観た時の気の重さに大きな差があるのが、匿名性の高いSNSの性質。受け止めた側が誹謗・中傷だと感じてしまうような一過性の言葉が、一気呵成に人を追い詰めることもあります。この非対称性を、どうやって対処せいというのか。

 

翌月、10月18日(日)に開催された「マリンフェスタ」ではニコ生での配信自体が無くなり、YoutubeLiveの配信だけに戻っていました。もう少し慎重を期することができれば、ニコ生のような癖の強いメディアも、観戦の機会や手段を伸張する施策として取り込むことができるはずです。この先も、どんな試みが行われるか、注目していきます。

 

執筆者プロフィール

市野敬介(いちのけいすけ)

NPO法人企業教育研究会 事務局員
千葉県青少年を取り巻く有害環境対策推進協議会 代表
地域教育推進ネットワーク東京都協議会 プログラムアドバイザー
一般社団法人次世代教育・産官学民連携機構(CIE)社員
ストップイットジャパン株式会社 STOPitサポーター
全国教室ディベート連盟 副理事長 大会運営委員長
長岡造形大学 非常勤講師

NPO法人企業教育研究会は、学校・企業・大学を結び、誰もが教育に関わり、貢献することができる社会をめざして授業づくり、教材づくりを行っています。
https://ace-npo.org/

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