なぜ詐欺師に騙されてしまうのか?「自分は大丈夫」という思い込みの罠【大阪大学・社会心理学研究室シリーズ(3)】
ネットで起こっているさまざまなトラブルを、心理学の観点から取り上げていただくシリーズの第3弾をお送りします。これまで「既読無視」「ネットいじめ」について説明いただいております。今回は大工泰裕氏に「詐欺」をテーマに執筆いただきました。
急増するネット詐欺
インターネットが普及するにつれて、それを利用した詐欺も多くみられるようになりました。LINE等のSNSを利用した詐欺が流行したことは、読者の皆様の記憶にも新しいと思います。これは、知り合いのSNSアカウントを装って、WebマネーやiTunesカードなどのプリペイドカードを購入し、そのシリアル番号を教えるように要求するという手口です。このような電子マネーを使用した手口は、詐欺師側からすると検挙されるリスクが低く、なおかつ簡単に実行できるというメリットがあります。特に、今年に入ってからは、電子マネーを使用した手口は昨年度同期比218%増と急激に増加しています。
(参考:産経ニュース:特殊詐欺被害186億円 7割が65歳以上 「電子マネー型」急増 29年上半期)
振り込め詐欺被害額は氷山の一角?
このように、直接会うことなく金銭などを騙し取る詐欺は、「特殊詐欺」と呼ばれます。近年深刻な被害をもたらしている「振り込め詐欺」もこの特殊詐欺の一種です。特殊詐欺の被害額は未だ留まるところを知りません。例えば、平成28年度の振り込め詐欺などの特殊詐欺被害額は407.7億円でした。
(参考:振り込め詐欺被害をはじめとする特殊詐欺の被害状況(随時更新))
被害額が過去最悪であった平成26年度に比べればやや減少していますが、注意しなければならないのは、すべての詐欺被害が報告されているというわけではない点です。法務省が行った被害暗数調査によれば、振り込め詐欺被害者の35.3%しか被害を届け出ていないことがわかっています(届出なしが35.3%、無回答等が29.4%)。
(参考:法務省法務総合研究所 (2012). 平成24年度版犯罪白書 日経印刷 5-3-2-3図より)
つまり、この毎年発表される詐欺被害額は氷山の一角であり、それが見える年とよく見えない年がある、と考えたほうがよさそうです。このことから、詐欺被害の実態は私たちが思うよりもはるかに深刻で、まだまだ注意しなければならない犯罪であるといえます。
「自分は大丈夫だ」という思い込み
ではなぜ、こんなにもテレビや新聞で耳にするにもかかわらず、振り込め詐欺被害は減らないのでしょうか?新種の詐欺が次々に生み出されている?手口が巧妙になっている?様々な理由があると思いますが、すべての振り込め詐欺被害によく見られるのは、「自分は大丈夫」という思い込みでしょう。
このことはデータとしても示されています。例えば、警視庁が振り込め詐欺被害者318名を対象に行った調査では、全体の92%が「自分は大丈夫だと思っていた」または「考えたこともなかった」と回答しています。つまり、被害者の大半は、「自分にかぎっては被害に遭うまい」とたかをくくっていたことになります。
(参考:「自分は大丈夫」過信禁物 振り込め詐欺被害者像、警視庁分析)
また、この傾向はまだ振り込め詐欺被害に遭っていない人々についても同様なようです。日本国民1,878人を対象に内閣府が行った調査でも、「自分は被害にあわないと思う」または「どちらかといえば自分は被害にあわないと思う」という回答が全体の80.7%を占めています。
(参考:内閣府 特殊詐欺に関する世論調査(P.3))
これらの調査からわかるのは、どうやら人間の心理には、「自分は大丈夫」という普遍的な思い込みがあるということです。
このような、「自分は大丈夫」という思い込みは、心理学では「楽観バイアス(optimism bias)」と呼ばれます。「バイアス」を直訳すると「歪み」ですが、心理学では「思い込み」という意味で使われます。そうすると、楽観バイアスというのは、「楽観的に考えてしまう思い込み」を指すことになります。1980年にヴァインシュタインが行った、楽観バイアスの存在を証明した研究があります。
(参考:Weinstein, N. D. (1980). Unrealistic optimism about future life events. Journal of Personality and Social Psychology, 39, 806–820.)
この研究では、良い出来事 (例:80歳を超えて生きる) と悪い出来事(例:心臓病になる)が、他人に比べて自分に将来どの程度起きそうかを評定させました。その結果、ポジティブな出来事は自分に起こると評定したのに対して、ネガティブな出来事は自分には起こらないと評定していました。つまり、自分の将来は、他者の将来に比べて良いと判断することが示されたのです。(もちろんそんなわけないですよね?「全員が周りの人より良い」というのは論理的にあり得ない状態です。)
楽観バイアスを念頭においた対策を
ではなぜ人間は、このような楽観バイアスを抱いてしまうのでしょうか。その理由の1つが精神的に健康でいるためです。
さて、ここで以下の2種類のタイプの人を想像してみてください。1人目は、何もかも楽観的にとらえてあっけらかんとしている人です。その人は仕事で失敗してしまっても、「今回は運が悪かっただけだから大丈夫!次失敗しなければいい」と前向きにとらえます。もう1人は、何もかもを悲観的にとらえてしまう人です。その人は一度仕事で失敗すれば落ち込み、それを数か月も引きずります。
読者の皆さまの目にはどちらのほうが、精神的に健康そうに見えるでしょうか?断然、前者のような人々ですよね。楽観的な人というのは、「成功したのは自分のおかげ、失敗したのは運が悪かった」と捉えがちなため、自尊心が傷つくことは少ないです。一方で、悲観的な人は、「成功したのは運がよかったから、失敗したのは自分のせい」と考えてしまい、自尊心をすり減らします。これを繰り返すと、軽い抑うつ状態になってしまうこともあります。つまり、楽観バイアスは、精神的健康を保つために非常に重要な役割を果たしており、そのために、人間一般に存在すると考えられています。
(参考:Taylor, S. E., & Brown, J. D. (1988). Illusion and well-being: A social psychological perspective on mental health. Psychological Bulletin, 103, 193–210. )
楽観バイアスの弊害
以上のように、「自分は大丈夫」だと思う楽観バイアスは基本的には悪者ではないのです。しかし、この楽観バイアスがいつもプラスの影響をもたらしてくれるとは限りません。その1つがまさに、詐欺のような犯罪場面なのです。「巷では詐欺に気を付けろと騒がしいけれど、自分は大丈夫」という楽観バイアスを抱え続けていることは、対策を怠ってしまう原因となりかねません。
そうならないためには、楽観バイアスが存在するということを知り、自らを守るという考えを持つことが必要になるといえます。もちろん楽観バイアスについて知ったからといって、楽観バイアスが消えるわけではありません。しかし、そういう人間の心理の傾向があると知ることで、対策をしてみようという気持ちにはなることができると思います。覚えておいていただきたいのは、
「周りの皆も自分と同じように、自分だけは大丈夫だと思っている」ということです。そして、騙されるのは、その中の誰かなのです。近年では、電子マネーを使用した特殊詐欺以外にも、インターネット・オークションを利用した詐欺、インターネット・バンキングのアカウントを乗っ取るフィッシング詐欺など、テクノロジーの進歩に付随して様々な手口が出現しています。
「自分は大丈夫」、そんな気持ちを捨て、「万が一」に備えて対策をしてみませんか?
執筆者プロフィール
大工 泰裕 (だいく やすひろ) 大阪府出身
大阪大学大学院人間科学研究科 博士後期課程在学中
専門は社会心理学 特に、騙される心理的メカニズムについて研究を行っている。
シリーズ担当:青木