夏休み明けの子どもの自殺増について
全国的に夏休みが終了し学校が再開し始めるこの時期は、子供の自殺が多くなると言われています。なぜ子供の自殺が多発してしまうのか?ネットと自殺との関連はあるのか?そうした疑問について、北海道大学大学院 教育学院 発達心理学研究室の水野君平氏に寄稿していただきました。
子どもの自殺はいつ多発してしまうのか
子どもの自殺について、内閣府は平成27年度版「自殺対策白書」で1972年~2013年までの18歳以下の自殺者数を日別に集計しています。その結果、9月1日に自殺者が急増することを見い出し、その背後には夏休み明けの生活環境の変化や、それによるプレッシャーの影響がある可能性を指摘しました。
子供の自殺、夏休み明け前後に急増 内閣府調査(日本経済新聞 2015年8月18日)
しかし、この統計結果は18歳以下を合算して学校種別に分析していない問題点がありました。その問題点を解決する分析が自殺総合対策推進センターによって行われ、結果が2018年8月7日に公表されました。
1976年~2015年の小中高生のデータを用いて分析した結果、中高生は9月1日が、小学生は11月30日が最多であることがわかりました。さらに直近の10年分(2006年度~2015年度)のデータに絞ると。8月下旬、9月上旬、4月中旬に自殺者が多くなっていることも明らかになりました 。
子どもの自殺、ピークは夏休み後半 直近10年「9月1日」から変化(西日本新聞 2018年8月15日)
このように、近年では夏休み後半から新学期にかけて子どもの自殺者が急増していることが示されました。
政府統計のデータからみる自殺の実態
先ほどのデータから、子どもの自殺は8月下旬~9月に増えてしまうことがわかりましたが、そもそも子どもの自殺の実態はどのようになっているのでしょうか。平成30年度版「自殺対策白書」では、平成28年における死因別の死亡率が計算されています。
平成30年度版 自殺対策白書「3.年齢階級別の自殺者数の推移」(厚生労働省)
そこでは10~14歳は死亡原因の2位(1位は悪性新生物=癌、悪性腫瘍)、15~19歳は死亡原因の1位(2位は不慮の事故)でした。このように、子どもの自殺は死因の中で大きな割合を占めてしまうものであることがわかります。
何が自殺の背景要因となるのか
子どもの自殺の背景要因には何があるのでしょうか?少しデータが古いですが平成27年度版「自殺対策白書」にある「学生・生徒等の自殺をめぐる状況」のデータを見ていきましょう。
平成27年度版 自殺対策白書「4.学生・生徒等の自殺をめぐる状況」(内閣府)
小・中学生の原因・動機は家庭生活や学校生活(学業不振など)に関することが多く、男子では「家族からのしつけ・叱責」が50%を超え、女子ではそれに加えて「親子関係の不和」の比率が高くなっています。一方で高校生は学校生活の問題に加えメンタルヘルスの問題が多くなっています。
また、データは少し古いですが阪中順子(※1)は2007年から2013年までの中高生の自殺の原因・動機を分析しています。
その結果、この記事では構成比の割合が高かった3つを取り上げますが、学校問題(進路の悩みなど)が約39%、健康問題(メンタルヘルスなど)が約21%、家庭問題(親子関係の悪さなど)が約15%となっています。なお、いじめが原因である割合は全体の1.8%とかなり低いです。
このように、学校段階で主な要因は異なってきますが、自殺へと至ってしまう背景要因は、多様であることが示されています。そのため、友人関係などの特定の要因にのみ注目するというのは効果的と言えないかもしれません。
また、子どもが自殺に追い込まれてしまうときの心理状態として、強い孤独感、無価値観、強い怒り、苦しみが永遠に続くという思い込み、心理的視野狭窄の5つを挙げており、とても苦しく辛い心の状態にある時に自殺の危険性が高まるとされています。
(※1)<参考文献>
阪中順子『学校現場から発信する子どもの自殺予防ガイドブック―いのちの危機と向き合って』金剛出版(2015)
ネットの使用と自殺の関連
ところで、2017年には神奈川県座間市で自殺願望を持った高校生を含む9人が殺害された事件がありました。
座間9遺体、1都4県の15~26歳と確認 警視庁発表(朝日新聞 2017年11月10日)
自殺願望を持つ被害者がSNSを通じて加害者と知り合った事件としてメディアでも大きく報じられました。類似の事件は2005年にも起こっており、この時は「自殺系サイト」と言われる自殺願望者が交流するサイトが犯行に利用されました。
このようにネットの情報は自殺を考える人にとって悪影響をもたらす側面もあります。「平成29年度青少年のインターネット利用環境実態調査(内閣府)」によると小中高生の80%以上がスマートフォンなどの電子機器を用いてインターネットを利用していることが分かりました。
平成29年度青少年のインターネット利用環境実態調査(内閣府)
現在では子どもは簡単にネットから情報を得ることができるわけですから、自殺に関する情報も得られる可能性があります。
勝俣陽太郎 他(※2)が中高生1,364名に行った調査では、ネットで自殺関連情報にアクセス経験した中高生は全体の6.2%いたことがわかりました。
また、自殺関連情報にアクセスした中高生は自傷行為などの自殺関連行動を経験した割合が高く、細かく分析すると複数の自殺関連行動を行う者ほどアクセス経験者が多いことが示されました。(この調査では「自傷行為」、「自殺計画」、「自殺念慮(本気で死にたいと考える)」の3つが自殺関連行動として使われています。)
もちろん、これは1時点の調査なので、自殺関連行動が自殺関連情報にアクセスする原因となる(またはその逆)という、因果関係(原因と結果の関係)までは不明確ですが、自殺関連情報にアクセスすることは、自殺の危険性の1つの重要なサインであることは言えそうです。
(※2)<参考文献>
勝又陽太郎, 松本俊彦, 木谷雅彦, 赤澤正人, 竹島正(2009)「インターネット上の自殺関連情報にアクセスした経験をもつ若年者の実態とその特徴」日本社会精神医学会雑誌, 18, pp.186-198.
自殺を防ぐ取り組み
身近な人が自殺について悩んでいるとき、どのようなことができるでしょうか?日本ではメンタルヘルス・ファーストエイド(※3)という専門家による支援の前に提供する支援の指針をもとにして、厚生労働省が「誰でもゲートキーパー手帳」というパンフレットを公開しています。
ここには悩んでいる人に声をかけ、必要な支援につなげる様々な方法が書かれています。また、ゲートキーパー養成の研修は各自治体で行われています。
(※3)<参考文献>
キッチナー, B. A., & ジョーム, A. F. メンタルヘルス・ファーストエイド・ジャパン・鈴木 友理子・藤澤大介・大塚 耕太郎・加藤隆弘・橋本直樹・佐藤玲子・ 青山(上原)久美 (訳) (2012). 専門家に相談する前のメンタルヘルス・ファーストエイド:こころの応急処置マニュアル 創元社
オンライン・オフラインの様々な相談窓口
最後に、すぐに相談できる機関を紹介します。
日本には様々な自殺対策を含めた相談のホットラインが存在します。「いのちの電話」は有名な自殺対策のホットラインとして有名ですが、文部科学省の取り組みの1つにある「24時間子供SOSダイヤル」は24時間電話で相談することができます。
その他、電話以外にもチャット形式やLINEなどのSNSで相談できる相談サービスが厚生労働省のホームページで紹介されています。
例えば、社会的包摂サポートセンターの「よりそいチャット」ではwebチャットやLINEから相談できます。東京メンタルヘルス・スクエアの「SNSほっとライン」でもLINEを使用したSNSを相談が可能です。チャイルドライン支援センターの「チャイルドライン」では18歳以下を対象にチャットや電話で相談することができます。
このように、日本には様々な相談機関やサービスが存在します。
また、悩んでいる人が身近にいても、自分はどうすればいいかわからない場合があると思います。厚生労働省のサイト「こころもメンテナンスしよう」では悩んでいる本人だけでなく、その周りの人がどうすればいいか(避けるべき話題は何か、危険なサインは何か等)が書かれています。
ネット上だけでなく、対面で誰かに相談したり、学校外の居場所となる施設も多くあります。例えば筆者が住んでいる札幌市では札幌市若者支援センターという施設があり、フリースペースとして勉強することができたり、スタッフに相談できる窓口もあります。
皆さんのお住いの市町村にもこのような施設はあると思うので、ぜひネットなどで探してみてください。
執筆者プロフィール
水野君平(みずの くんぺい) 北海道大学大学院 教育学院 発達心理学研究室 博士後期課程 学校適応やいじめなど思春期の子どもについて研究を行っている。 HP:https://sites.google.com/site/mznkmpi/profile |
担当:青木