ネット炎上から始まる小さな戦争:集団心理で考える「延焼」【大阪大学・社会心理学研究室シリーズ(5)】
ネットで起こっているさまざまなトラブルを、心理学の観点から取り上げていただくシリーズの第5弾をお送りします。
今回は寺口助教に、インターネットでの炎上が延焼(炎上の燃え広がり)に至るまでの過程について執筆いただきました。寺口助教には第2回「ネットいじめはやりやすい?「いじめっ子にさせない3つの壁」を壊す方法【大阪大学・社会心理学研究室シリーズ(2)】」でも執筆いただいております。
盛り上がる「炎上」事件
近年、インターネットでの「炎上」現象がよく話題に上ります。具体的な事件を思いつく人も多いでしょう。例えば最近では、女優・真木よう子氏のコミックマーケット参加をめぐる事件、産経新聞の偽号外をめぐる事件などはニュースサイトにも取り上げられました。株式会社ガイアックスの調査によれば、炎上は年間400件以上(2013年時点)発生しており、その約半数がSNS「Twitter」から起こっています。また、2014年におよそ20,000人のネットユーザーを対象としたアンケート調査では、「炎上事件を聞いたことがない」と答えた人はわずか7%程度で、ほとんどの人が炎上を知っているという結果となっています。
(参考:田中 辰雄・山口 真一 (2016). ネット炎上の研究 勁草書房)
ネット炎上は対岸の火事?
とはいえ、「あなたにとってネット炎上は身近な問題ですか?」と聞かれて「はい」と答える人はそういないでしょう。「ネット炎上というのは知っているけど、実際に書き込み自体は見たことはない」、「炎上するのはわかるけども、それに乗じて書き込んだりする人の気持ちはわからない」という感想もあるかと思います。実際、先ほどの調査では図1のような結果が得られています。
図1の通り、7割の人は炎上事件になった実際の書き込みを見たことはありません。書き込みをした経験のある人にいたっては、たったの1.5%とごく少数です。ということは、先述の「炎上を知っているネットユーザーのほとんどの人たち」の実態は、そのほとんどが「炎上が怖い事件になっている」ということくらいは聞いていても、詳しい内容までは知らず、深く関わったこともない人たちです。その人たちにとって、炎上は、その被害に遭うこともなければ加害者として加わることもない「対岸の火事」、このように傍観されているかもしれません。しかし、そこには大きな落とし穴があります。
「延焼」の心理≒戦争の心理
炎上事件を知ったとき、皆さんは「なんでわざわざ炎上するようなことを書き込むのか」と感じるでしょうか?それとも逆に、「なんでそんな書き込みぐらいで目くじらを立てるのか」と感じるでしょうか?こういった批判派と擁護派との論争は炎上が起きた際には付き物です。しばしば、1つの炎上事件から論争が広がり、その論争によって新たな炎上が生まれる現象も見られます。実は、ネット社会でのこうした炎上の燃え広がり、いわば「延焼」現象は、広い視点でみると、現実社会における戦争と同じ心理メカニズムで起きています。
心理学、特に社会心理学の世界において、戦争や紛争は1つの大きな研究テーマでした。なぜ国と国という大きな集団同士が争うようになるのか、なぜすぐに人々はいがみ合うのか、数々の研究の結果、今では多くの事がわかっています。日本では、2013年に発表された縄田健悟氏の論文がこの研究動向を上手くまとめています。
(参考:縄田健悟 (2013). 集団間紛争の発生と激化に関する社会心理学的研究の概観と展望 実験社会心理学研究, 53, 52-74.)
縄田氏はこの戦争の心理過程を「①仲間(内集団)の形成」、「②敵(外集団)の認識」、「③仲間と敵の相互作用」の3つのステージに分けて説明しています。以下では、これらのステージに沿って、炎上、特に延焼現象について考えていきます。
①「仲間」の形成
ネットで炎上や延焼が起きたとき、発言の主語が大きい人を見かけないでしょうか?「私たち〇〇は、~~」から発言が始まっていたり、自身の発言と合わせて「国民は~~と思っている」と言ったり…。現実の戦争もネット延焼も、このように自分の「仲間」が誰なのかを認識することから始まります。ここでいう仲間とは良く見知った人だけに限らず、自分と同じカテゴリーにいる人たち全体を指します。例えば、小さいところでは「同じ会社・学校にいる人たち」や「同じ趣味を持つ人たち」も仲間ですし、大きいところでは「男性・女性」や「日本人」も仲間です。心理学では、自分と仲間からなるカテゴリーのことを「内集団」、自分も仲間も含まれないカテゴリーは「外集団」と呼ばれます。相手が内集団か外集団かによって、人の行動はかなり違ってきます。
例えば、皆さんの手元に3個のお菓子があるとします。このお菓子を誰かに渡したいと考えているところに、同じ会社の知らない人と異なる会社の知らない人の2人が来ました。皆さんはそのお菓子をどのように配るでしょうか?奇数個のお菓子を2人にという難しい状況ですが、必ず配りきらないといけないとします。
皆さんの多くは、同じ会社の人に多めに、2個以上配るのではないでしょうか?これはポーランドの心理学者タジフェルが発見した現象で、「内集団ひいき」や「内集団バイアス」という言葉で知られています。人は外集団よりも内集団の人間をひいきする傾向があるのです。
(参考:Tajfel, H. (Eds.) (1978). Differentiation between social groups. London: Academic Press.)
他の実験ですと、内集団の人間が書いた作文をより高く評価したり、内集団の人間に対してより協力したりすることなどが示されています。
「内集団ひいき」や「内集団バイアス」自体はすぐに戦争や延焼に繋がるわけではありません。しかし、状況次第では争いを生むこともあります。例えば、仲間が批判されていたり、逆に仲間が批判をしていたりするときです。まったく関係のない人が批判されていたり、批判していたりしているときよりも、仲間寄りになってしまうことが簡単に想像できると思います。この状況が、次にお話しする「敵の認識」のステージに進んだとき、やや深刻になってきます。
②「敵」の認識
現実社会の戦争でもネット社会の延焼でも、戦うべき外集団の「敵」がいます。しかし、「ある外集団が敵である」との認識が生まれるためには、相手が外集団であることに加え、その外集団に対する知覚の偏りが関わってきます。皆さんはこんな言葉を聴いたり、思ったりしたことはありませんか?
「これだから最近の若者(老人)は…」
「これだから男(女)は…」
「これだから○○派は…」
初めにも書いたとおり、炎上事件の当事者=敵となる人たちというのは、その敵を含む外集団全体で見れば一部でしかありません。その外集団にいるほかの人たちには敵と同じ性質の人もいれば真逆の性質の人もいます。それでもなぜか我々は、たった一部の印象を、その外集団全体の印象にまで発展させてしまいます。これを過度の一般化と呼びます。人は「同じ外集団の中にいる人間は皆、共通するような性質を持っている」と考える傾向が強いのです。特に、この傾向はその外集団に「まとまりがある」と感じられるほど強くなります。
過度の一般化もそれ単独で戦争や延焼に繋がるわけではありませんが、敵を含む外集団をひとまとまりの大きな敵全体として認識させてしまいます。自分たち内集団=仲間を認識してひいきし、相手の外集団=敵を認識していがみ合う。ここまで来ればまさに一触即発の状態です。
③「仲間」と「敵」の相互作用
では、ここでネット炎上による批判が起きたとしましょう。これはほんの一部の人間が行います。批判を受けた側は反撃することもあるでしょうが、こうした批判と反撃の応酬が当事者同士の内にとどまっていれば、延焼は起きません。
しかし、先ほどのようなまとまりが出来上がっていればどうでしょうか?ただの傍観者のつもりでも、内集団である「仲間」が攻撃を受け、外集団である「敵」は不躾な言葉を投げつけるような人たち全体として一般化されています。そうなると、反撃の役目は当事者から周りに飛び火します。これまではただの傍観者だった人が、内集団バイアスに促されてターゲットになった「仲間」に協力しようと反撃します。さらに言えば、反撃する先も当事者から周りに飛び火します。過度の一般化によって外集団を「ひとまとまりの悪い集団」と考えますから、反撃先はその集団の中の人間であれば誰でもいいわけです。
このように当事者以外の人が反撃したり、当事者以外の人に反撃したりする現象を「非当事者攻撃」や「集団間代理報復」と呼びます。これまでの研究では、戦争でよく見られる現象として検討されてきたものですが、ネットでの延焼現象においても同じことが言えます。延焼現象の最初の段階では、当事者・当該事件についての論争で、多くの人にとってはただの「対岸の火事」だったものが、いつの間にか集団全体を巻き込んでいきます。さらに、男女差別や人種差別といった問題などとも絡みあい、最後には大きな集団同士で批判派と擁護派に分かれ、複雑で大きな論争へと発展していくのです。
延焼させないために
以上のとおり、ネット炎上の燃え広がり、「延焼」現象は、決して遠い「対岸の火事」ではありません。関係ないと傍観しているあなたの身に、はからずもその火の粉が降ってくる危険があります。
では、どうすれば延焼を防ぐことができるのでしょうか?緊張状態にある2国間で戦争が起きそうなときはよく、対話を重ね、互いの情報を交換するというやり方がとられます。延焼が戦争と同じ心理メカニズムに基づくのであれば、これと同様に外集団とのコミュニケーションを増やすことが重要であると考えられます。過度の一般化が起きるのは、外集団についての情報の少なさが最大の要因です。情報が少ないからこそ、一部の炎上当事者を見て、その外集団全体が敵に思えてきてしまいます。逆に言えば、その外集団をもっとよく知り、情報を増やすことができれば、その一部の人間による影響は小さくなるでしょう。自分や仲間以外のことを積極的に知っていくこと、それは延焼だけでなく、戦争や紛争をも減らすことができるかもしれません。
執筆者プロフィール
寺口 司
大阪大学大学院人間科学研究科 助教
専門は社会心理学で、「他者への攻撃行動についての認識」を検討している。
HP: http://trgc.net/
シリーズ担当:青木