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『旦那デスノート』はなぜ存在するのか? — インターネットにおける攻撃の心理学 —【大阪大学・社会心理学研究室シリーズ(4)】

 

 

『旦那デスノート』をご存知ですか?

 

ネットで起こっているさまざまなトラブルを、心理学の観点から取り上げていただくシリーズの第4弾をお送りします。今回は、法 卉(ほう けい)氏にインターネットでの攻撃について執筆いただきました。

 

『旦那デスノート』

最近、ネット上では夫への不平や不満をぶつけるウェブサイト『旦那デスノート』が大きな話題になっています。他にも『独り言愚痴掲示板』や『悪口・愚痴・ストレス発散掲示板』などもあります。

投稿を見てみると、笑いごとではすまないほど過激な書き込みがたくさんあります。このように、ウェブ上で誰かに対して中傷発言を書き込むことは、インターネットにおける攻撃の表象形態の一つと言えます。

では普段やさしくて天使のような主婦たちが、なぜネット上で悪魔のように豹変してしまうのでしょうか?この問いに答えるために、今日はインターネットにおける攻撃の心理についてお話しします。

 

攻撃・インターネットスタイル

情報管理分野の専門家である、米ジョンズ・ホプキンス大学のパトリシア・ウォレスは、攻撃を「他の生物に害を与えたり、傷つけたりすることを目的とした行動様式である」と定義しています。この定義は、インターネット上についても同じように適用できます。

ただし、ネット上では攻撃を実現する方法が限られています。なぜなら、攻撃対象と面と向かって接することはできないからです。そのため、ネット上で最もよく見かけるのは、ある対象を直接的、または間接的に文章や言葉で攻撃する方法でしょう。その対象は、著名人や他のインターネット利用者に特定できる場合(ちなみに、この場合では「ネット炎上」になることが多いですね)もあれば、『旦那デスノート』のように中傷発言の矛先が曖昧である場合もあります。
(参考:パトリシア・ウォレス(川浦康志・貝塚泉訳)『インターネットの心理学』(NTT出版、2001年))

 

では、なぜネット上で夫への不平や不満をぶつけるような攻撃的な行動を見せるのでしょうか?この問いに答える前に、まず人の攻撃性がどこから生じるのかについて説明します。

 

イライラすると、人は攻撃的になる?

人間の攻撃性について説明する理論は幾つもありますが、ここでは米イェール大学のダラードらによって提案された「欲求不満攻撃性仮説」を取り上げて説明したいと思います。この理論は、文字通り欲求不満が攻撃行動を引き起こすという単純な仮説を軸としています。
(参考:大渕憲一 『新版 人を傷つける心−攻撃性の社会心理学−』(サイエンス社、2011年))

 

「欲求不満」とは、自分がある目標を実現するために重ねた努力が途中で妨害され、その目標が達成できない状態を指しています。このようなストレス状態に陥ると、人は怒りや不満といった不快な感情を生じます。そして、その不快感を外部に発散するために、人は攻撃行動を取るのです。徹夜で一生懸命に作った資料を、保存しないままでファイルを閉じてしまった瞬間を想像してみてください。あなたはきっと絶望感に襲われ、無性に何かを壊したくなるでしょう。

 

イライラすると、人は攻撃的になる?

 

またこれまでの研究から、「生理的欲求不満」と「社会的欲求不満」が、人間が攻撃的になる2つの大きな原因であることが分かっています。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローが言うように、まず「生理的な欲求」、つまり食欲、睡眠欲、排泄欲といった基本的な欲求を満たさないと、人はイライラしてしまい、攻撃的になります。この考えに基づいて、アンダーソンら(1998)は不快な室温が攻撃性を高めていることを予測し、次のような実験を行いました。
(参考:Anderson,C.A., & Anderson,K.B.(1998).Temperature and aggression: Paradox, countroversy, and a (fairly) clear picture. New York: Academic Press.

 

実験参加者は実験室内で対戦者(サクラ)と一緒にゲームに参加しました。このゲームでは、敗者は罰として勝者が決めた強さの不快なノイズ音を聞かされます。前半戦では、参加者が負けた場合、対戦者(サクラ)からかなり強いノイズを受けました。この前半戦で挑発を受けた参加者は、後半戦でゲームに勝ち、対戦者にノイズを与える機会を得ました。その時、参加者が選んだノイズの強さを攻撃行動の指標としています。図1は実験の結果です。快適な室温の時と比べ、暑い時も寒い時も、対戦者の挑発に対して攻撃行動が増加していることが分かりますね。

 

図1 温度と攻撃性(ノイズ強度)の関係(Anderson et al.,1998)

 

 

このように、生理的欲求不満に陥ると人間の攻撃性が高まることが証明されましたが、ここで質問です。あなたはウェブを利用している時に、不満や怒りを感じたり、イライラしたりすることがあるでしょうか?この質問に胸を張って「いいえ」と答えられる人はとても少ないのではないでしょうか。「ネットが遅い!」「不快な広告が多い!」「欲しい情報がすぐに見つからない!」といった状況全てが、インターネット利用者の苛立つ原因になります。苛立ちを感じる利用者たちは一触即発の状態になり、別の状況であれば無害である事柄にも、攻撃的に反応しがちとなります。これはネット上での過激な言動につながる可能性が考えられます。

 

また「社会的欲求不満」、つまり人間関係や社会生活における欲求不満も攻撃の強い原因となりえます。マメンら(2007)の結婚生活に関する研究では、DVや子ども虐待などの家庭内暴力の加害者の大半は、家庭生活に対して強い不満を抱いていることが指摘されています。さて、『旦那デスノート』はなぜ存在するのか、その理由がだんだん明らかになってきました。家事や育児などでストレスを溜め続けた妻たちは夫に対して不満を感じます。その溜め込んだ不満は、一定値を超えると溢れ出して爆発してしまいます。『旦那デスノート』はまさにその爆発の跡地になっているのです。
(参考:Mammen,O.K.,Pikonis,P.A.,Kolko,D.J., & Groff,A.(2007).Anger and anger attacks as precipitants of aggression: What we can learn from child physical abuse.In T.A Cavell, & K.T.Malcolm, Anger, aggression, and interventions for interpersonal violence. New York:Routledge.)

 

しかし、ここでまた1つ新しい疑問が生じます。なぜ不満を持つ妻たちは、その怒りを夫に直接ぶつけず、ネット上で晴らすという方法を選んだのでしょうか?実は、インターネットが誇る便利さこそが大きな影響を与えているのです。

 

インターネットの便利さは人を悪に誘う?

「インターネットは便利だ」ということを認めない人はおそらくいないでしょう。しかしその便利さの裏には、普段やさしい人をも豹変させるリスクが存在しています。そこで、この便利さも含めたインターネットの特徴が、ネット上での攻撃的行動に与える影響についてまとめてみました。主に以下の3点が挙げられます。
(参考:A.N.ジョインソン(三浦麻子・畦地真太郎・田中敦訳)『インターネットにおける行動と心理』(北大路書房、2004年))

 

① 匿名性

身分を隠し、自由に発言できることはインターネットの特徴の1つです。しかし、匿名であることによって、自分の発言に対する責任を過小に感じるため、暴言など攻撃性の高い発言をしやすくなります。また、「ネットいじめはやりやすい?「いじめっ子にさせない3つの壁」を壊す方法【大阪大学・社会心理学研究室シリーズ(2)】」にも書かれているように、ネット環境では簡単に人を残虐行為に走らせる傾向にあります。

 

② 情報発信の容易さ

ネット上ではクリック1つで、自分の意見をすぐに発信できます。また、炎上場面でよく見かけるのは、コピー&ペーストで簡単に相手の発言を部分的に引用して揚げ足を取ることですね。このようにスピードの速いネット上での議論は、口頭の議論に比べて、コストも熟考する時間も必要とされないでしょう。その反面、発言の質が下がり、侮辱や中傷といった敵対的なコメントになってしまう可能性が高まります。

 

③ 未熟なインターネット・エチケット(マナー)

総務省の調査によると、平成27年末に、日本におけるネット利用者数は億を超えています。しかし一方で、そのエチケットやマナーはというと、各ネットコミュニティー独自で決められている場合はありますが、インターネット上で広く共有されたものはほとんど存在していません。こうなると、ネット上でエチケットやマナーをめぐる混乱が起こっても、まったく不思議なことではないでしょう。

 

上述のように、インターネットには匿名性や利便性などたくさんの特性があります。ただし、それらの特性が悪い方に働くと、誰でも簡単に死神にお願いしてしまいます。そのため、私たち自身が、インターネットという環境そのものがトラブルを起こしやすい状況であることを理解すれば、死神にお願いすることはなくなるでしょう。

 

まとめ:『旦那デスノート』を書いても、主婦たちの怒りが収まらない?

人はイライラすると攻撃的になります。普段の家事や育児でイライラが募った妻たちは攻撃の衝動に駆られることでしょう。インターネットは匿名で簡単に情報発信が可能な環境であり、罪悪感や相手を思いやる気持ちを忘れさせる状況が揃っています。攻撃的になった主婦たちの目の前に、インターネットという環境が用意されたことにより、『旦那デスノート』のようなサイトが誕生したといえるでしょう。

 

ここまで読んで、「『旦那デスノート』で妻のストレスが発散できたら、それでいいかもしれない」と胸をなでおろしている男性諸氏がいるかもしれません。ネット世界でうっぷん晴らしをした妻が、その代わりに現実世界ではやさしい天使のようにいてくれることを期待しているかもしれません。

 

しかし、心理学の研究から、ストレスが発散されるという期待は的外れであることが明らかになっています。

 

(参考:Ebbesen,E.B., Duncan,B., and Konecni,V.J.(1975). Effects of content of verbal aggression on future verbal aggression: A field experiment. Journal of Experimental Social Psychology,11,192-204.

 

残念ながら、ネット上でのストレス発散行動には人の攻撃傾向を弱める作用はないのです。なぜなら、欲求不満攻撃性仮説における攻撃行動の目的は、あくまでも不快感を発散することだけで、欲求不満のもとになっている状況自体は本質的に解決されていないからです。

ネット上で『旦那デスノート』を拾う前に、いったん落ち着いて、旦那さんとお茶でもしてみてはどうでしょうか?

 

落ち着いて、旦那さんとお茶でもしてみては?

 

執筆者プロフィール

大阪大学人間科学研究科 社会心理学研究室 博士後期課程2年 法 卉

 

シリーズ担当:青木

 


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