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ヒーローは子供をヒーローにする?

2019年8月,こんな話題があったのをご存知でしょうか。

「アンパンチ」で暴力的に? 心配する親も…メディアの暴力シーンは乳幼児にどう影響?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190811-00046060-otonans-life

 

この話題にはSNS上で賛否両論の声が多く挙がりました。私が見かけた意見ですと「親の躾次第ではないだろうか」,「あくまで『正義』のためのパンチなのだからそれを見て暴力的になることはない」などです。この話題を初めて知った方もいらっしゃるかと思いますが,読者の皆さんはどのように感じたでしょうか?

 

ヒーローが悪を成敗している,それが「ヒーローもの」の王道です。悪を成敗している「ヒーロー」と悪そのものである「暴力」は直観的にはなかなか結び付きません。確かにヒーローは敵を倒すために,相手を肉体的に傷つけるという意味での「暴力」を使っています。とはいえ,それは何の脈絡もないただの暴力というわけではなく,仲間や市民,または弱者を敵から守るための「暴力」です。多くの場合,そこにはちゃんと因果応報の枠組みがあります。

 

憧れのヒーローになれる?

 

 

果たして,そのようなヒーローものには子供を暴力的にする影響はあるのでしょうか?この問題に関して2017年頃からいくつか論文が発表されていますので,今回はそれらの研究を紹介したいと思います。

 

暴力的コンテンツと受け手への影響の関係はいまだ検討中

現代ではオンライン環境を中心に,ヒーローものを含めて多くの暴力的コンテンツに触れることが出来ます。ここでいう「暴力的コンテンツ」とは「相手を肉体的に傷つけるシーンが用いられている作品」を指します。例えばヒーローを扱ったマンガや小説は多数ありますし,無料・有料問わず相手を殺害する表現のあるゲームをすることもできます。

 

また,動画サイトではそういったゲームのプレイ動画が視聴数を伸ばしていたりもしますし,配信サイトでも暴力シーンのある映画やテレビ番組を見ることが出来るでしょう。今こうやって記事を書いている私自身,週末はバイオレンスムービーを見たり,敵を倒すゲームをプレイしたり,スマートフォンでヒーローもののマンガを読んだりもしています。このようなコンテンツへ実に簡単にアクセスできる時代となりました。

 

まず今回の話の前提を確認します。暴力的コンテンツが人を暴力的にするかどうかはいまだ多くの議論がなされ続けている研究テーマです。例えばアメリカ心理学会が提供する論文データベースPsycINFOで「violent media」,「violent video game」,「violent content」と検索すると,2019年だけで43件の論文・書籍がヒットします。

 

以下の図の通り,2015年をピークに徐々に減ってはきていますが,それでもなお多くの研究が発表されています。つまり,まだまだ結論が出ているとは言い難い状態です。

 

2004年~2019年までの暴力的コンテンツについての心理学関連論文数

 

 

では近年の研究者たちは暴力的コンテンツの影響についてどのように論じているのでしょうか?今回参照したデータベースPsycINFOでは論文の要約が読めますので,2019年に発表された論文43本の要約部分をすべて確認し,暴力的コンテンツと受け手の攻撃性(例:攻撃的・暴力的かどうか,いじめへの関与)との関係について研究結果をグラフにまとめました。「部分的にあり」は一定の条件下でのみ関係性が認められるものを指します。

 

2019年の暴力的コンテンツに関する論文の主張

 

上のグラフを見てもわかる通り,要約部分だけでいえば,研究者たちの意見・研究結果は分かれています。もちろんこの中には実験室実験による研究もあればアンケート調査による研究もありますし,ゲームによる影響の研究もあればテレビによる影響の研究もあります。ですので,これだけで一概に結果が分かれていると結論付けるものではありませんが,少なくとも2019年の段階でまだまだ賛否両論の議論がなされ続けているということです。

 

この後に書くヒーローものの影響についても同じです。あくまで関連研究の一部であって結論ではないということを念頭に置いて読んでください。

 

「ヒーローもの」の影響

さて,本題に入りましょう。このように研究結果が分かれている暴力的コンテンツの中でも,ヒーローものはより影響が弱そうにも思えます。多くの人はヒーローものを人生の中で一度は触れて来たのではないでしょうか?私自身,幼少期は『アンパンマン』や『カクレンジャー』で育ち,大学時代に『仮面ライダー電王』でヒーロー熱が再燃,最近は『アベンジャーズ』シリーズにハマった結果『エンドゲーム』までのシリーズ計22本を観たりしてきました。

体感としてはあのヒーローものの数々が悪影響を及ぼすとはなかなか思い難いでしょう。むしろ「悪いことはいけない」,「正義とは素晴らしい」ということを教えてくれるもののように思う方も多いのではないでしょうか。

 

この疑問に対してCoyneという研究者がアメリカで検討を行いました(※1)。彼女らは3~6歳の子ども計198名とその親を対象に1年がけの調査を行っています。この調査では子どもたちの「スーパーヒーローへの愛着(自分の子どもがスーパーヒーローにどれだけ憧れているか,どれぐらいの頻度でヒーローものに接しているか)」,「攻撃性(自分の子どもが別の子どもに対してどれだけ暴力を振るったり,仲間外れにしたりするか)」,「防衛行動(自分の子どもがどれだけいじめられっ子を守ってあげるか)」,「向社会的行動(自分の子どもが周りの人にどれだけ親切か)」などを子どもたちの親に尋ねています。

 

そして同じ質問を1年間の期間を空けて同じ人に答えてもらいました。もしヒーローものが子どもに良い影響を与えるなら,スーパーヒーローへの愛着が強いと感じられる子どもほど,1年後にはより防衛行動や向社会的行動が見られるはずです。

 

 

Coyne et al. (2017)の結果

 

しかし結果は上の図のようになりました。直観に反して,スーパーヒーローが好きな子どもほどいじめられっ子を守るようになったりすることも,周りの人に親切になったりすることも確認できませんでした。

むしろスーパーヒーローが好きな子どもほど,そうでない子どもに比べて,1年後にはより暴力的であったのです。さらに言えば攻撃性や向社会的行動はスーパーヒーローへの愛着に対する影響が認められませんので,たまたま暴力的な子どもや親切な子どもがスーパーヒーローを好きになっていたわけでもありません。

 

関連する研究はもう1本あります。Holmgrenたちが行った研究では10~20歳の1,193名を対象に,先月どういったテレビ番組やゲームにどれだけ触れてきたのかを調査しました(※2)。その結果,ヒーローものに代表される「向社会的暴力コンテンツ(他者を守るために誰かを傷つけるシーンが含まれる番組やゲーム)」の接触頻度が高い人ほど,怒った時に暴力を振るったり陰口を言ったりしていると回答していることがわかりました。

こちらの研究でもやはり,向社会的暴力コンテンツの接触頻度と他人に対する親切の程度との関連は認められていません

 

以上のようにこの2つの研究ではヒーローものが子どもを「ヒーロー」にするとは言い難く,むしろ暴力的な側面との関連が見られました。なぜこのような結果になったのかはまだはっきりとはわかっていません。例えばCoyneたちは「ヒーローものの文脈は攻撃的な側面と向社会的な側面とが複雑に絡みすぎていて,子どもには分離できなかったのでは」と考察していますが実証はされていません。

またHolmgrenたちは「まだまだ初期研究の1つに過ぎない」と考察しており,更なる研究を促しています。暴力的コンテンツという議論が盛んな研究テーマですので,これらだけではまだ結論付けるには早いと言えるでしょう。

 

ヒーローものは見ない方がいい?

さて,ここまで読むと「結局のところ,暴力的なシーンを含むヒーローものは見ない・触れない方がいいのかどうか」が気になる方もいらっしゃるかと思います。特にお子さんのいらっしゃる方の中には,お子さんに対してヒーローものを禁止したり,触れさせないようにしたりするべきかと悩む方もいらっしゃるでしょう。確かに悪影響があるかどうかはっきりしないとはいえ,悪影響の可能性がある以上は出来るだけお子さんから遠ざけたいという気持ちもわかります。

 

そこで重要なのはヒーローものに触れることを頭ごなしに禁止したりお子さんの意見をないがしろにしたりしないということです。子どもがどのようなメディアコンテンツに触れるのかを親が監督する(parental media monitoring)影響を検討している研究分野があります。上記で紹介したHolmgrenたちの研究もその1つです。

彼女らの研究では10~20歳の子どもを対象に,自身が触れるTV番組やゲームに関して親がどのように振舞っているのかを尋ねています。その結果,ただ制限するのか,それとも内容について話し合うのかによる違いもあるのですが,何よりも子どもの意見を尊重するか否かが大きな違いを生んでいます

この研究によれば,なぜそういったコンテンツに触れない方がいいのか,きちんと説明がなされている子どもは他者により親切な態度を示しました。しかし,説明がなされず,暴力的コンテンツに触れた場合もただ叱られるだけの子どもでは,逆により暴力的な態度を示しています。さらにいえばそういった子どもほど,より暴力的コンテンツに触れやすくなるという側面もありました。つまり,親の頭ごなしの対応は逆効果となるのです。

 

このように,ヒーローものを含む暴力的コンテンツの問題は非常に難しい問題です。繰り返し述べてきた通り,心理学においてもいまだ多くの議論が必要となっている分野で,対応を誤れば悪影響を及ぼす可能性もありえるでしょう。お子さんのいらっしゃる方はぜひ一度きちんと話し合ってみてください。

 

 

執筆者プロフィール
寺口 司
大阪大学大学院人間科学研究科 助教
専門は社会心理学で、「他者への攻撃行動についての認識」を検討している。
HP: http://trgc.net/

※1 Coyne, S. M., Stockdale, L., Linder, J. R., Nelson, D. A., Collier, K. M., & Essig, L. W. (2017). Pow! Boom! Kablam! Effects of Viewing Superhero Programs on Aggressive, Prosocial, and Defending Behaviors in Preschool Children. Journal of Abnormal Child Psychology, 45(8), 1523–1535. https://doi.org/10.1007/s10802-016-0253-6

※2 Holmgren, H. G., Padilla‐Walker, L. M., Stockdale, L. A., & Coyne, S. M. (2019). Parental media monitoring, prosocial violent media exposure, and adolescents’ prosocial and aggressive behaviors. Aggressive Behavior, 45(6), 671–681.
https://doi.org/10.1002/ab.21861

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